研究内容


 IPCC 第6 次評価報告書(AR6)では、これまで WGII で取り上げられてきた極端気象・風水害のコンテンツが、WGI に多く記載され、気候的駆動要因(Climatic Impact Driver: CID)としてクローズアップされている。また WGII では、単に自然現象の影響評価から、人口や経済等の社会変化を含む形で評価研究に進化してきた。

 このような国際動向を踏まえ、本領域課題の第 1 達成目標として、多様な時間スケールの極端気象・海象データを必要とする風水害、水資源等を主対象として、高度なプロセスモデルの開発をベースに、ハザードモデルの統合化を実施する。第 2 の目標として、風水害等の防災気候情報、水資源や生態系等について、温暖化に伴う極端現象による日本およびアジア太平洋地域への影響を明らかにするとともに、気温上昇に対するハザード変化の分析を行う。IPCC AR6 や他領域課題の気候予測シミュレーション結果を活用することにより、コーディネイトされた極端現象の将来変化予測情報を創出する。さらに、防災気候情報を適応策として活用するためのフレームワークの構築を行う。適応策のフレームワーク検討のため、ハザード予測では曝露まで考慮することにより、これまでの影響評価を深化させ、IPCC AR7 に向けた研究成果を創出する。これらの目標を達成するため、以下の 5 課題を設定する。

領域課題4の5 課題の見取り図

領域課題代表:森信人(京都大学・防災研究所)

サブ課題 i.統合ハザードモデル開発と全国規模の将来予測(佐山敬洋)
 日本全国を俯瞰し、いつ頃、どこで、どのように、自然災害のマルチハザードが変化するかを、統合ハザードモデルを用いて予測する。領域課題3から出力される日本域予測データを統合ハザードモデルに入力し、全国の河川流量や極端海面水位を推定する。降雨流出と洪水氾濫を一体的に解析する要素モデルによって、洪水氾濫の将来変化を推定する。
 統合ハザードモデルによる出力データは、「気候予測データセット」等への情報提供を目指して利用しやすい形でアーカイブする。統合ハザードモデルの出力結果をもとに、各ハザードの激甚化がより顕著となる地域や時期などを、長期間アンサンブル予測実験から推定する。また、MRI-AGCM と結合したオンライン統合ハザードモデルで、日本全国さらには全球スケールで大気に及ぼすフィードバック効果を明らかにする。

サブ課題 ii.精緻なハザードモデル開発とメカニズムの解明(田中賢治/藤井賢彦)
 風水害については、強風・気象・高潮・波浪・降雨流出・河川・土砂生産・流出等のモデル等を一方向もしくは双方向で結合し、内水・外水氾濫等の複数の物理プロセスを扱える領域複合評価モデルの開発を完了する。開発されたハザードモデルを用いた予測については以下の通りである。土砂生産・流出統合型の流域土砂動態モデルにより土砂災害リスクの将来変化を全国規模で評価する。3 年度までに開発した洪水や高潮氾濫解析モデルを三大都市圏に拡張し、可能最大クラスの浸水被害の将来変化を予測する。幾つかの砂浜を対象に、波の遡上も含めた海浜変化を予測する。
 水循環・水資源については、三大都市圏に加えて、気候変動の影響が大きく表れる流域を対象として水資源施設群の効果や農地の水利用変化を考慮可能な水循環解析モデルを開発し、治水・利水面でのトレードオフ関係や自然再生エネルギーの安定供給も踏まえた水資源施設群の運用や土地利用の在り方を検討する。
 森林・沿岸生態系研究では、森林生態系に対し、台風被害リスク予測モデル、被災後の森林再生予測モデルを構築し、樹木・森林管理における適応策や緩和策を考案する。沿岸生態系については、物理・生物化学結合モデルを用い、海洋熱波、海洋酸性化、貧酸素化等の極端現象の代表的な海洋生物(サンゴ、ホタテ、マガキ等)への影響評価を実施する。

サブ課題 iii.激甚化する災害ハザードの温暖化要因の定量化(竹見哲也)
 台風・豪雨・強風・猛暑といった災害ハザードについて、気象モデルによる力学的ダウンスケーリングや擬似温暖化実験の手法を核として、領域課題3の気候予測データに加え、衛星データやレーダーデータも活用し、地域規模で生起するハザードに及ぼす温暖化影響を定量的に評価する「ハザードのイベント・アトリビューション(EA)」を実施する。大雨については、擬似温暖化実験において、温暖化による促進効果と抑制効果の双方を定量化する手法を構築し、多面的に温暖化影響を評価する。温暖化により変化する線状降水帯による豪雨やゲリラ豪雨の最悪シナリオの提示やメカニズム解明を実施する。
 豪雨、土砂、強風、暑熱等の災害のハザードの温暖化による全国規模での将来変化を予測する。また、地域特性を考慮した風水害ハザード評価も実施する。また、温暖化による災害ハザードの変化を、防災気象情報に翻訳することで、気象防災の視点で分析する。
 さらに、上記災害ハザードについて、異なる将来気候シナリオを想定して温暖化影響を定量化し、気温上昇に対するハザード変化のスケーリングについて明らかにする。

サブ課題 iv.アジア太平洋地域でのハザードおよびリスク評価と国際協力(立川康人)
 気候モデル出力データを用いて豪雨、洪水、高潮・波浪等の風水災害ハザードの将来変化を予測するとともに東南アジアに上陸する台風の将来変化を明らかにする。また、曝露・脆弱性の将来変化を予測し洪水ハザードモデルや沿岸ハザードモデルと統合することにより、当該流域の風水害リスクの将来変化を予測する。
 アジア太平洋地域の研究者や技術者を対象とし、気候変動予測プロダクツのリテラシー向上を図るワークショップや講習会等を継続して実施する。また、水防災意識の啓発や地域の水防災を調整・推進するファシリテータを継続して育成するとともに、現地政策決定者に対して現地の実情に合わせた適応策策定支援を実施する。

サブ課題 v.ハザード・社会の将来変化に対応できる適応戦略(藤見俊夫)
 大阪湾を対象に開発した手法を東京湾、伊勢湾にも適用し、3 大都市圏における高潮リスクの長期評価を行う。気候変動シナリオの不確実性も適切に対処する動的計画モデルを構築することで、3 大都市圏における適応政策の最適な動的計画を立案する。
 流域治水においては、気候変動による河川流量の増大と流域人口・資産の将来変化を予測し、各種政策の効果、費用、政策決定から施工完了までのタイムラグを統合的に検討して流域治水のポリシーミックスを立案・評価する。さらに、そうした流域治水政策について様々なステークホルダーの理解と協力を得るためのリスクコミュニケーションを実践する。